日本のシンセサイザーの第一人者と言えば、何といっても冨田勲先生でした。残念ながら昨年天国にお引越しされましたが、思えば冨田先生の作品の衝撃が今のゆるーい曲作りに通じる道のりの始まりでした。
こんにちは。imoimoです。
DTMなんて言葉は勿論、パソコンすら世の中にまだなくて、テレビはようやくステレオになるかなーぐらいの頃。始まりは冨田勲先生でした。天国にお引っ越しされてしまいましたが、最後の年のWIREDのワークショップでの講義もビデオで拝聴しました。
冨田先生と言うと、「惑星」や「展覧会の絵」が有名な様ですが、なんと言ってもドビュッシーをシンセでやった「月の光」の衝撃が最大級でした。
そうそう、コレですね。このアルバムの中のタイトルトラック「月の光」は、映画「オーシャンズ13」でも使用されている名作です。
とにかく練習が苦手で、楽譜通りには全く弾けない(つまり壊滅的に下手)な自分にとって、ドビュッシーは最初の2小節だけ弾いてほわー。となる(勿論後は弾かないし弾けないし弾く気もない)大好き作曲家なのに、その曲がさらに繊細に美しくなる!それがシンセ、てやつか。と言うのが最初の出会いでした。
当時の冨田先生は、たいていmoogのシンセ moogIIIとか
そうそう、こんな感じのキカイに向かって渋くキメているお写真が多かったので、音楽家と言うよりは飛行機のパイロット的な感じでした。当時はシンセサイザーを扱う人を「マニピュレーター」つまり「操縦者」と呼んでいたくらいですからね。その後バッハ リボリューションの田崎和隆さんにお会いした時も、頂いた名刺には「シンセサイザー・マニピュレーター」て書いてありました。
これだけ機械臭が満々で、ジョン・ロードみたいにゆっさゆっさハモンド揺らしながら弾く気配もないので、こりゃシンセ、てのはもしかして練習しなくても何とかなる物なのではないか?と勝手に勘違い。勿論冨田先生は大作曲家ですから、弾けるし弾いて作っていらっしゃるのですが、とにかく練習は大嫌いで、何とかなるにはキカイ頼みだ、て言うのが始まりで、シンセほしーっ!と寝ても覚めても思うようになったのでした。当時は冨田先生がほぼ全財産つぎ込んで大勝負に出て買った機材だったなんて話はまだ知らないのでした。家が買えるくらいの値段だったものね。
現代は、こんないわゆるモジュラーシンセ(最近はユーロラックと呼ばれていますね、サイズ的に)も、タダで遊べちゃいます。いくつもあるし、最近はVCV RACK
て言うのが話題ですが、今の所VST化が済んでいないスタンドアロンタイプ(2018.7.15 非公認ですが、VCV RACKをVSTで動かすアプリが公開されました→GitHubからダウンロードできます。現在imoimoは検証中)。実はこれ個人的にubuntuに入れられなくて挫折したんで、お気に入りはkamioookaです。
機械いじってる感が半端ないので音出なくても満足なのです(ちゃんと音出ます)。
と言うわけでお粗末様でした。
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